反感と抵抗

何者かじゃない、己であれ。

うらみちゃん

振り返ってみればアダルトチルドレン問題を皮切りに今なら毒親問題に行き着くまで私もこの辺の話題や本やサイトはかなり見た。

私が一番「共感」できたのはモリナガアメさん界隈の「緘黙」が一番自分に当てはまっている。ただ… 同じ苦しみなんてないどの界隈でもだと思うけれど私自身「苦しさ語り」界隈をうろついていると「あなたはまだ○○だからいいじゃない」的なことを言いたくなってしまう気持ちを抑えられなくて「つらい…」というのはある。学歴があるからいいじゃないとか若いからいいじゃないとか恋人いるからいいじゃないとか…

言わないほうがいいんだろうなと思う。

FBでフォローさせてもらってる生きづらさ系の漫画家さん(名前書いちゃっていいのかな、やめとく…)の投稿で「あなたは今の時点の年齢で気づいたからいいけど私の年齢じゃやり直せない」とサイン会?で言ってこられた方がいたというのを読んだ。私はその漫画家さんと同じ年代だけど、そのサイン会に来た人の気持ちもわからないではないな(涙)とやっぱり思ってしまう。気づいたが勝ちかもしれないし何歳からでも生きなおしていいとは思うけれど… やり直すって言ってしまったら今までの人生全部無駄だったのってなる。

 

ただ90歳くらいになったとき「まだやれる!」と思えるかどうかで「だから若いうちに遊んだり旅行したりしときなさい」ってご老人たちに言わせるのはつらい。むしろ100歳になっても「いつまでもやれる!」と思っていたい。できる!っていうのは能力によるとこのなんかではなくて「生きていける!」って自信であってほしいっていうか。

恨みを蓄積しすぎて自分を殴り殺すような自殺はしたくないし誰にもさせたくない。

そこで自分の両親のことを考える。やっぱり哀れだと憐れみさえ持ってしまう。恨んで縁を切ることも考えてるけれど自分の場合に限って私の気持ちとしては今からでも自分の人生納得できるように生きてほしいと思う、老い先短いからこそ二人ともにちょっとは人生楽しんでほしいと言いたいんだ。あくまで今の私の気持ちだけでしかないけれど。100歳まで生きるとしたら後20年はあるよ、お父さん、お母さん。