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持たないものは捨てられない。

 

妬みはいけないことなのかがずっと心の中にあって、私は妬みでも出せる人は羨ましいと思います。

妬み、みっともないよ、みっともなくてこそ人間だろうと思う。

私に関してだけのことだけど、やっぱり、学歴のある人への妬みを抑えきれない。

大人になったら学歴なんか関係ないって言う「大卒じゃない、学歴のない人」に会ったことは私はないね。でも私も高校には行ったし中卒やそれ以外の人に、高校行けたからいいじゃんて言われるかもと思ったり。

「ウォーキングデッド」って言う有名海外ドラマで奥さんに暴力的な男性が、それを見ていた他の女性にやめろよ!って言われて「お前(女)が大卒だからってオレはお前に従わないぞ」って言うような(あやふやだけど)場面がありました。正直に言うと私はその男側の気持ちに寄り添ってしまいました。ええ、ホント申し訳ないけれど、多分私は最低な人間ですよね。殴られてる奥さんとかばう他人と暴力男、私は暴力男に一番共感できました。最低ですよね。でも私もDV男と付きあったことあります。私は逃げる能力・縁切る能力があっただけです。

それ以来「ウォーキングデッド」は一切見ていません。自分に嫌気がさすので。ゾンビがどうとか関係ないです。

 

ムヒカは偉いです。私は好きですよ。でもやっぱり持ってるから捨てられるんだろうなって思います。

 

この前、ある自助グループに参加してきました。そこで自分の今悩んでいることを控えめな感じで(自分基準でですが)話したら、聞いていた人が「〇〇じゃなくて△△って考えたら?」と言いました。アドバイスなのだろうけど何だか否定された気がして、それ以上話せなくなりました。その人がタメ口だったのも腹が立ったし。多分、これが認知の歪み?ってやつなのかなと最近思っています。認知の歪み、とか言葉で聞くとムカッとくるんですけど、歪んでるのか、私がか!!(怒)みたいな。

前読んだ杉山春さんの「家族幻想」にひきこもりの会みたいなとこでギターを奏でてる男性のギターの音が思いのほか大きく響くので杉山春さんが「ちょっと音を抑えてもらえないかしら?」ってお願いしたら「あなたのことを殴ってしまうかもしれない」と言った男性の話を読みました(おおよその記憶なのであやふやです)。

杉山春さんのお願いは柔らかいものだと感じるけれど、殴ってしまうかもしれないという言葉もなんだかわからない気もしない私もいます。私なら殴れないし泣きながら帰って自傷かもしれません。なんかすごいつらい本だったな。

 

そういうことなのかな。認知の歪みか。でもまあそうだろう受け止めて認知療法の本など漁ってみました。最近よく読んで共感するブログに紹介されてたりしたので。

合うか合わないかはわからない、その人に良くても自分には、ちょっと(´・ω・`;)ってことはあると思う。

 

本を読まないやつはバカ、と言うヤツが嫌い。

考えない人間はダメという人間も嫌い。

知識のなさを嘲笑するやつも嫌い。

そこだけはずっと変えたくない。

そういう言葉を吐く奴は、人に自信をなくさせようとしているだけだから、自信をなくして自殺するなら、そいつがほくそ笑むだけだから。

 

苦しい思いをしていると、自分はこんなに苦しい、お前なんか!!って気持ちになる。

同情してくれ、そう思う。同情もあってこそ捨てれる、拒否れるもので、だから辛い人間同士集まると、それ違うんじゃないかってなったら大喧嘩になる気もするし、喧嘩も必要な時はあるけど心を守る時も必要だよなとか。

今、辛苦をなめている。キラキラ人間にでなくて、辛い心境を語っている人にこそ腹が立つ。お前なんかと言いたくなる。誰も私に同情してくれないから。

私もそこそこ恵まれていたと思うから。自分のお金で買った電子ピアノを実家の親父に叩き壊されたけどね。それでもそんな親父に頼って生きてるよ、最低だよね。一生たかってやりたい、どうしようもない気持ち。父ちゃんも母ちゃんもアホだよ。

 

何書いてるかわからなくなってきたのでやめようかな。

 


THE BACK HORN - 戦う君よ