ひきこもり反骨の歌

20年ほどヤケになりひきこもりました。今は少し外に出ていますがヤケクソ芸としての心のひきこもりはやめることができないようです。人生のパズルは完成するのでしょうかΣ(・□・;)

考えない病人
愚痴以上 日記未満
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幸せになることについて

自分の幸せを追求することは悪いことじゃない。お前なんかお前なんかと生きてくると幸せって何だろうと言う気がしてくる。私の親は私を幸せにしないことで自分の人生の報われなさの仕返しにしていたと思う。

幸せになりたい、だけどこの年になったらやり直せないと言う気持ちもある。もしやり直したとしたら悩み苦しんだ時間は無駄な時間だったのかという葛藤もある。なかなか今日から幸せになるために頑張るぞ!とか思えない。何が頑張りかはさておいて。

 

森川すいめいさんの「漂流老人ホームレス社会」を読んだ。図書館で3/4くらい読んだけど涙腺崩壊だった。情に訴えかけるのが上手いのかもしれないしお涙頂戴といえばそれまでだ。文学的な文体が悲壮感にあふれていたし、だいぶ酔っ払った文章に思えなくもない。感情的なのかもしれない。ホームレス者についての本は何冊か読んだ記憶があるが実は読み進めていくとこの本前にも読んでたということに気づいた。2度目、何だかわからないけど借りてしまった。

森川さんが世界を旅してみたことやなんかはこの本の中に必要なことなのかと思う反面、そんな背景があって支援の現場に入ったんだなと思えて、説得力があった。酔っ払わないと本音を言えない悲しみを見てしまったようで辛くなった。そこまでのことを吐露するのは勇気がいるだろうなと思った。

いい本だった。

 

 

漂流老人ホームレス社会 (朝日文庫)

漂流老人ホームレス社会 (朝日文庫)

 

 



そして幸せになりたいと。自分の幸せとは何か。お金があればいいのか恋人がいればいいのか友達ができればいいのか趣味や勉強がしたいのか自分でも今のところ謎だ。全部と言ったら欲張りなのか。いっぺんにあれもこれもは難しい。だから少しずつ固めていきたい。幸せになろうとしても悪くはない。何が自分を縛っていたんだろう、だけど苦しいのはもう嫌だ。抜け駆けのように思われるかもしれないが私は幸せなになりたい。自分の幸せなくして人の幸せも願えない。

 

自己犠牲はもう嫌だ。