ポンヘラの歌

ポンコツメンヘラ歴25年ほどの出たり入ったり20年の元ひきこもりです。

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私が私でなくなるために

もっと自分を薄めないといけない。自分をなくしてしまいたい。

 

僕が僕であるために」と歌った尾崎豊は早死にした。私は私でなくなりたい。頭の中が自分のことでいっぱいでたまらなく嫌だった。

 

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普通に今聴くといい歌だけど尾崎豊を見ると痛くなるというか尾崎豊を好きな人を見ると痛くなる。私は尾崎豊派ではなかった。尾崎豊を好きな人は優等生が多かったように思う。そして優等生同士つるんで尾崎を褒め称えてるとこが「眩しすぎた」。単に自分が孤独だったのを思い出す。

 

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ここ3日ほど寝続けていた。ゴミの日なのに目覚ましをかけなかったので起きられずゴミを出せなかった。でも目覚ましをかけないっていいな。気の向くまま目が覚めたら起きる。何か得した気分。

腰痛も緩く治ってきて普通に歩いて買い物行ったり自転車にも乗れるようになった。コルセットはしなくても済むようになった。

薬がなくなるのでそれだけもらいに行きたい。薬で痛みが治まってるのかもしれないから。

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私が私でなくなったら私は誰なんだろう。自分なんてものがあるから人と比べて落ち込んだり悔しくなったりする。自分なんてない、捨ててしまおう。もっと浮遊したり潜ったり適当に自分を散らして凝り固まらないように。確固たる自分なんてものがあるからダメなんだ。もっと適当でいい。

 

私は自分をなくしたい。うやむやにしたい。

 

ダメな時ってそこしか見えない視野の狭い状態になるみたいで睡眠に身を任せて広い世界に出れたのかよく寝ることは善だと開き直って、どうでもよくなった。

心配したり悩んだり全部無駄。心を休めることは難しい。鬱に近かったのかもしれない。

ぼやっとした頭で何を書いてるのかわからないが何をしてるかわからないといえば、ふとTwitterを見ると誰だかわからない人をフォローしていて、いつ何時フォローしたんだかわからないので、そっとフォローは外しておいた。

 

頭がぼやっとしている。

いいことだ。緩くゆっくりと生きたいのに頭がフル回転で「どうする、どうした、どうしよう」と襲いかかってきたのでは追い詰められる。

あと本を一気に読んでパタッと倒れるように寝るとよく寝れた。頭が疲れるのか。体も運動した後はよく眠れるというし。

 

人間の体は不思議だ。何かいいことが起こる気がするし晴れやかだ。お金はないけどそれもあまり気にならない。

自分が自分でなくなるためにと言うのは大きなこの世界の中で自分なんてちっぽけなものだという視点で、自分の体を全て自分の悩みで埋め尽くすことがほとほと嫌になった。

 

未熟者は承知だけど、もっと自分をなくしていきたい。