反感と抵抗

何者かじゃない、己であれ。

だけど荒くれ野郎も好きだった

私は地味でおとなしいと思われるタイプの人間だった。

自分語り始まりますよ、注意してくださいね!

漫画やゲームを買ってもらえなかったから音楽しか逃げ込むものがなかった。

いや… 音楽だってお金はかかる。漫画やゲームだって友達から借りたり一緒にやったり自分が持ってないからと言って何もかも閉ざされるわけではないのだと思う。ただ私には友達がいませんでした…

CDだってお金を払わないと手には入らない。残念な発表なんですが私は違法ダウンロードさえしてしまわない勢いでいま生きてるしええ… ごめんなさい。

 

 

www.amazon.co.jp

ええ… ごめんなさい…

 

まっ! それはともかく。

www.driveplayer.com

Google Drive に曲を入れてプレイリスト作るのが好きですよね、ええ。

 

10代の頃ひきこもり系ナゴム少女でした。ナゴム少女なんだけどライブとかに行けるような根性がないという。20代になってネットで知り合った生きづらさ女子と友達になって教えてもらったのがなぜかコブラとかでした。大概あの頃の生きづらさ女子はビジュアル系に行っていたような気がするんだけど… 今聴くとX Japanとかいいよなとも思うんだけど、コブラを教えてくれた子とは喧嘩して絶縁…(?) 生きづらさが集結すると訳が分からなくなるという経験もしました。お互いつらいから相手が思いやれないのかもしれない… よくわからないんだけどX Japanて血のイメージでリスカ少女たちが心酔してる感じがあったし、笑えない、茶化せない。そもそも茶化したらダメだし茶化そうとは思ってないんだけどコブラってなんか明るかったから… うん、明るかったから面白かったっていうか絶対本人たちと根暗な私とは道歩いてても接点とかないはずなんだけど接点がなさそうっていうのはどんな音楽にしたって私の居場所なんかない… 寄りかかれるものなんてない、誰も代弁なんかしてくれない、そんなものはないと思ってたから面白くて笑いさえ起きるようなのが好きだった。ただ積極的に笑いたかった。ほんで泣けるものが好きだった。

 

youtu.be

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あと勝手なイメージなんだけどX Japanて音楽エリートなイメージがあったから… 本人たちに責任はないんだけど私の劣等感が炸裂したといわれればそれまでなんだけど、直視できなかったというのはあるかもとか。

 


LAUGHIN'NOSE - SIXTEEN (TV)

 

あとチャーミーね。ラフィンノーズね、ほっそい。

 


LAUGHIN' NOSE 聖者が街にやってくるpv

 

YouTubeコメント欄で「楳津かずおw」って何個か見かけるけど微笑んじゃう...

 

私の暗かった時代にほんとに必要だったのは今なら神聖かまってちゃんだとは思うけどあの頃は見つからなかったなあ。どこかに存在はしてたのかもしれないけど。

 


神聖かまってちゃん - 仲間を探したい

 

youtu.be

 

金曜深夜のネットカフェは混みすぎてる。

女性専用シートも埋まってる、他も全部。お隣には旅人っぽいごついリュックの人がいます。

 

 

 

 

 

あの頃のJ-pop

あほと思われるかもしれないが私はかなりJ-popというものにはまっていたころがあった。黒歴史とも思わない。白くもないんだがサブカル的なものや尖ってる!的なものが大嫌いだった時期に逃げ込んでいたのがJ-popだったと思う。とくに90年代は自分の中でJ-pop(と汚い系ロック)が好きだった。かっこいい!というのが大嫌いだった。「かっこいい」の対極にあるものを追い求めていた。流行っているものはダサい。だから好きだった。そのころヒップホップが流行りだしてきた。いいと思うのもあった。一番嫌いだったのはDragon ash「Greatful Days」だった。かっこいい服着てかっこいいこと言ってもたくさんの友達と家族が大切なんだなって、それは私にはないものだった。

浜崎あゆみは嫌いだった。椎名林檎も嫌いだった。Coccoも嫌いだった。心を打ったのは鬼束ちひろの「月光」だけだった。

J-popの人たちに勇気を出せ元気を出せと言われるのはきつかった。でも、でもそれが私には救いだった。いちいち浜崎あゆみにとかに笑い飛ばせない悲しみ苦しみを突き付けられるのがきつかった。そのころ知り合った「生きづらさ女子」たちは浜崎あゆみに共感しCoccoを追いかけ椎名林檎に憧れていた。私はすすんで聴けなかったけどCoccoが「ジャニス・ジョップリンを聴いてみたらって人に言われるけどきつすぎて聴けない」と言ってたのを雑誌で読んだのを覚えている。

 

 

時はもうちょっと戻って10代の頃は流行ってるものこそ嫌いだった。誰も聴かないような暗い歌を探し求めていた。誰も聴かないから価値があるというようなかっこいい動機に酔いしれていたわけではない。その頃はネットもないし珍しいものを教えてくれる友だちも年上の兄も姉もいなかった。ひたすらラジオを聴いていた。自分のアンテナに引っかかるものを待っているのは大変だったと思う。

 

やがてネットが普及してきたころ私は19がすごく好きだった。ネットではものすごい悪口が書かれていてむかついたがだから良かったという屈折した愛着を持っていた。ついでに宇多田ヒカルもネットでは散々だったけど宇多田ヒカルをいいとはあまり思わなかったので叩かれてるものが好きとかそういうことでもない。正直、倉木麻衣が好きだった…

あの頃のJ-popはダサかった。勇気だ愛だと騒ぎ立てたりその時でもそれなりにドン引きしていたが、そういうことを真顔で言えるのが面白いと思っていた。笑えることが好きだ。


水・陸・そら、無限大/19

 

今、YouTubeを見ると懐かしさのあまりかほぼ称賛で埋め尽くされてる。今更悪く言うこともないと思うけど何で背広w

 


19(ジューク)あの紙ヒコーキ くもり空わって Live

 

短パン…

 

 

うらみちゃん

振り返ってみればアダルトチルドレン問題を皮切りに今なら毒親問題に行き着くまで私もこの辺の話題や本やサイトはかなり見た。

私が一番「共感」できたのはモリナガアメさん界隈の「緘黙」が一番自分に当てはまっている。ただ… 同じ苦しみなんてないどの界隈でもだと思うけれど私自身「苦しさ語り」界隈をうろついていると「あなたはまだ○○だからいいじゃない」的なことを言いたくなってしまう気持ちを抑えられなくて「つらい…」というのはある。学歴があるからいいじゃないとか若いからいいじゃないとか恋人いるからいいじゃないとか…

言わないほうがいいんだろうなと思う。

FBでフォローさせてもらってる生きづらさ系の漫画家さん(名前書いちゃっていいのかな、やめとく…)の投稿で「あなたは今の時点の年齢で気づいたからいいけど私の年齢じゃやり直せない」とサイン会?で言ってこられた方がいたというのを読んだ。私はその漫画家さんと同じ年代だけど、そのサイン会に来た人の気持ちもわからないではないな(涙)とやっぱり思ってしまう。気づいたが勝ちかもしれないし何歳からでも生きなおしていいとは思うけれど… やり直すって言ってしまったら今までの人生全部無駄だったのってなる。

 

ただ90歳くらいになったとき「まだやれる!」と思えるかどうかで「だから若いうちに遊んだり旅行したりしときなさい」ってご老人たちに言わせるのはつらい。むしろ100歳になっても「いつまでもやれる!」と思っていたい。できる!っていうのは能力によるとこのなんかではなくて「生きていける!」って自信であってほしいっていうか。

恨みを蓄積しすぎて自分を殴り殺すような自殺はしたくないし誰にもさせたくない。

そこで自分の両親のことを考える。やっぱり哀れだと憐れみさえ持ってしまう。恨んで縁を切ることも考えてるけれど自分の場合に限って私の気持ちとしては今からでも自分の人生納得できるように生きてほしいと思う、老い先短いからこそ二人ともにちょっとは人生楽しんでほしいと言いたいんだ。あくまで今の私の気持ちだけでしかないけれど。100歳まで生きるとしたら後20年はあるよ、お父さん、お母さん。

 

 

尼さんになれないかなあ

修行... 山ごもり!!

 

今インターネット喫茶ですが(´Д`)アゥ...

夜中に夜食ラーメンを頼んだら女の子が持ってきてくれたんですよね。女性専用シートのあるネットカフェで、前は男子だったんですよね。別に男性でもいいんですよ。今日はむしろ夜中0時過ぎに女子にラーメン運んでもらって気まずかったです... 私が一方的に気まずくなってるだけですが😺

 

頭の中が雑な言葉で一杯でパンクしそうです。無になるには歩いたり走ったり筋トレしたり運動的な事とかひたすら寝たりしたらいいのかなあ。疲れた(´・_・`)

 

昨日15時くらいに起きてご飯食べてから、ぼおおーっとしてから22時頃部屋を出てネットカフェに自転車漕いできました。夜に自転車は爽快だった。

 

最近ひきこもり系の方のメルマガをずっと読んでいて、その方にならって、ノートに感謝の言葉を書き連ねようと試みているんだけど... やっぱり抵抗あってなかなか書けない。でも夜中にちょっとだけ書いてみました。続けたいとは思うけど、そのメルマガもその人のやってるサイトも役に立つ、参考になるんだけど、自分の心が頑なになりすぎて、どうも...((゚Д゚ メ )

 

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カスだよ、スカスカ 黄昏中⌒_⌒

 

あれから何も実行できずに(´•ω•̥`)

気分が乗らなかった。

正直、過去の嫌なことを思い出して拭いきれず忘れられず打撃が大きすぎた。

私は小学生の時から急に爆発(っ'-')╮ =͟͟͞͞💣ブォン的にキレる事が時々あった。よく言われることだけど怒りが爆発するまで我慢せずに愚痴とかは小出しにしたほうがいいと思う。キレたら普通に嫌われる。大抵嫌われる。

悪口を延々はみっともないと思う、思うけど悪口でも愚痴でも言える人はストレス溜まることなさそうとずっと思っている。

私はなまじ真面目そうに見え悪口を言いそうもない弱そうな風貌なんで...悪口言ったら海割れたりすんじゃないかっと緊張すんだ(-∀-`;)

 

私が密かに好きで昔からTwitterでフォロー社会不適合者の一般人?の人の中で80%くらい音楽の趣味がかぶってる人がいて、今1番theピーズが感慨深い。インターネットも普及してない時代田舎のライブハウスに女のピーズオタク(気持ち悪w)の私が1人で行ってハルさんをガン見してた、怖っt((((n;‘Д‘))η

あっちも気持ち悪かったと思う( ˊᵕˋ )

ガン見されるなら可愛い子がいいよね。でも払ったお金は一緒だからガン見させてもらった!!w

懐かしい⌒_⌒

 

とどめをハデにくれ

とどめをハデにくれ

 

 

実験4号

実験4号

 

 

ハトポッポ

ハトポッポ

 

 

バカになったのに

バカになったのに

 

すごくキツイ。

Twitterはだいぶ前からやっている。見たり見なかったり休んだり、自分ではそんなにつぶやくこともない。見てるだけ。

ずっと見てもいなかったけど最近また見るようになって、きついツイートを見て落ち込む。

めんどくさいので貼らないが「考えることが嫌いなので考えなくてすむアニメが好き」みたいなことを公言してた「知人」が若くして認知症になったと伝え聞いた、というツイートでそれなりにRTされていたので見かけたのだけど、「知人」という人が何だかいたたまれないというか、認知症になったからって「終わり」じゃないだろ。

 

そのツイートをした人が著名人の言葉を引用して「考えなくなると老いる」みたいな締めをして「そうですよね、自分も気をつけなきゃ」っていうような人たちが賛同のツイートをしていた。若くして認知症になることとアニメが好きなのも関係ないよな?っていう反論もあったけど。

私は「考えなくてすむアニメが好き」と言うのは確固たる決意だったんじゃないかなと思った。正直私はアニメが好きじゃないんでアニメの良さはわからないけど音楽だったら「歌詞がある歌はザワつくからクラシックが好き」とか「歌詞は歌い手の考えが詰まってそうだから踊りまくるだけのディスコ音楽が好き」って言うのだったら、そうなのかもなと思う。

少なくとも「考えたくないから」と言うのは立派な意思表示だよね、と私は思ったんだ。

介護の仕事を少しして嫌なこともあった。暴力爺さんもいたし、ご飯に文句つける婆さんもいた。だがなー 認知症になったからと言って終わりじゃない。人間だからさあ。

 

伝え聞いた話だそうだからそれ以上のことはわからないけれど、その若くして認知症になった人が穏やかに暮らしていけることを心から願う。

好きなアニメ見たりしてほしいんだ。


ガガガDX「にんげんっていいな」

「違和感」て言葉に飛び蹴りしてやりたい

言葉そのものに悪気はないんだろうと思うけど「違和感」という言葉を聞く度にムカッとくる。言葉なんて言葉でしかないんだからたかが言葉なんだろうけど、私は「それは違う(と思います)」といわれるとムカッとくるから、それと繋がってるんだろうと思う。単なる感覚とは思うけどそう感じるんだから、感じるなと言われてもムカッとくる。だから私自身もその意見には反対ですと思っても人に対して「違う」とは言えなくて違うのは当たり前だし、違うからどうなんだ、違和感あるからどうなんだ、要は「なんだとコノヤロー」って事で( ˊᵕˋ )

そういう言葉を使ってたときがないともあるけど、自分としては反対意見なら「それには反対だ!!!」って言いたい。

 

「ブスブスうっせーな!!!」でもこれ好き٩(ˊᗜˋ*)و


岡崎体育 『Natural Lips』Music Video